A級戦犯(えーきゅうせんぱん)

侵略戦争の遂行によって平和に対する罪を犯した者

極東国際軍事裁判所(東京裁判)において憲章第6条A項が規定する「平和に対する罪」に違反した戦争犯罪者のこと。

「平和に対する罪」とは、侵略戦争において戦争の計画や準備、そして実行などに主導的な立場で取り組む行為を指す。一方、憲章第6条B項「通例の戦争犯罪」およびC項「人道に対する罪」によって定める戦争犯罪者のことをそれぞれB級戦犯およびC級戦犯という。上官の指揮命令に従った殺人や虐待などの行為がBC級戦犯にあたる。

1946年に開廷された東京裁判では、A級戦犯の容疑で逮捕された100人以上のうち政治家や軍関係者など計28名が起訴された。2年半にわたる審理の結果、太平洋戦争開戦時に首相と陸軍相・内務相を兼任していた東条英機など7名の死刑、16名の終身刑といった判決が下った。7名の死刑囚は1948年12月に絞首刑によって処刑された。

国の戦争などで死亡した戦没者を祀っている靖国神社は1978年、刑死したA級戦犯を合祀した。そのため、首相の靖国神社への参拝がA級戦犯の名誉回復につながるとの見方を生み、戦後60年が経過した現在でさえ禍根を残している。

(2005.05.30掲載)
BC級戦犯

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/01/06 09:24 UTC 版)

(B級戦犯 から転送)

B級戦犯(ビーきゅうせんぱん)およびC級戦犯(シーきゅうせんぱん)は、第二次世界大戦の戦勝国である連合国によって布告された国際軍事裁判所条例及び極東国際軍事裁判条例における戦争犯罪類型B項「通例の戦争犯罪」、C項「人道に対する罪」に該当する戦争犯罪または戦争犯罪人とされる罪状に問われた個人[1]で、併せてBC級戦犯と総称される。
国際軍事裁判所憲章

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/12/19 08:33 UTC 版)

国際軍事裁判所憲章(こくさいぐんじさいばんしょけんしょう)とは、第二次世界大戦中の枢軸国の戦争犯罪を裁くための国際軍事裁判所の構成や役割を規定した憲章で、1945年8月8日、英米仏ソ四ヵ国がロンドンで調印した。ニュルンベルク裁判および極東国際軍事裁判の基本法となった。英語ではCharter of the International Military Tribunal。Constitution of the International Military Tribunalとも表記されることがある。ロンドン憲章またはニュルンベルク憲章とも略称される。

ニュルンベルクさいばん 【ニュルンベルク裁判】

第二次大戦後の1945年11月から10か月間,ニュルンベルクで連合国が行なったナチス-ドイツの重要戦争犯罪人に対する国際軍事裁判。起訴された24名のうち,死刑12名を含む19名を有罪とした。

きょく とうこくさいぐんじさいばん 【極東国際軍事裁判

第二次大戦における日本の主要戦争犯罪人の審理および処罰を目的として,連合国により東京で行われた国際裁判。オーストラリアのウェッブを裁判長とする一一か国一一名の裁判官と,アメリカのキーナンを首席とする検事団のもとに,東条英機をはじめ二八名が A 級戦犯として起訴された。1946年(昭和21)5月3日に審理開始,48年11月12日に絞首刑七名,無期禁錮一六名,有期禁錮二名の判決が下された(死亡・精神異常による免訴三名)。通常の戦争犯罪のほか,平和に対する罪および人道に対する罪によって裁かれた。東京裁判。

平和に対する罪

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/12/16 01:58 UTC 版)

平和に対する罪(へいわにたいするつみ、Crime against peace)とは国際法で不法に戦争を起こす行為のことをいう。宣戦を布告せるまたは布告せざる「侵略戦争または国際条約・協定・保障に違反する戦争の計画・準備・開始および遂行、もしくはこれらの行為を達成するための共同の計画や謀議に参画した行為」として、第二次世界大戦後、戦争犯罪の構成要件を決定する必要にせまられ、種々のガイドラインを定めるために開かれたロンドン会議で最初に提唱された。
ロンドン会議 (1945年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/12/19 06:34 UTC 版)

ロンドン会議(ろんどんかいぎ、英語:London Conference)は、ドイツの主要な戦犯を裁くニュルンベルク裁判の準備のために、1945年6月26日から8月8日にかけて、イギリスのロンドンで開催された国際会議である。
ロンドン会議 (1945年)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/12/19 06:34 UTC 版)

参加したアメリカ合衆国・イギリス・ソビエト連邦・フランス4か国の代表は、この会議において、軍事裁判のための規定である国際軍事裁判所憲章を制定した。この憲章には、後にニュルンベルク裁判でアメリカ主任検事を務めるロバート・ジャクソンや、ソ連正判事を務めるイオナ・ニキチェンコ、フランス副判事を務めるロベール・ファルコ(英語版)などが署名した。


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Last-modified: 2024-04-09 (火) 10:19:39