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アメリカは実は11の国から出来ている

アメリカは実は11の国から出来ている!? 深刻な分断の歴史的背景

3/11(日) 12:00配信

現代ビジネス

アメリカは実は11の国から出来ている!? 深刻な分断の歴史的背景

写真:現代ビジネス

移民の国アメリカの「移民」とは

 2月に開催された平昌冬季五輪を見ながら気づいたことの一つに、人が国境を越えて移動するのが当たり前になった現代において、五輪は、国籍と民族性が必ずしも一致しないものになりつつあるということがある。

 たとえばフィギュアスケートのアメリカ選手団には、日系アメリカ人のマイアとアレックスのシブタニ兄妹や、中国系アメリカ人のネイサン・チェンといったアジア系の選手が目立っていた。
 五輪というとかつては国威発揚の場として受け止められていたが、今は創造的なアスリート個人のお披露目の場と化している。ソーシャルメディア時代の今日、人びとの関心がよりパーソナルで親密なものに移ったことも影響しているのかもしれない。関心の対象はあくまでもアスリート個人なのである。
 そのように五輪が様変わりする中、逆に珍しく政治的なコンテキストを与えられたアスリートもいた。
 その一人がクロエ・キムであり、異なるコンテキストとは、現代アメリカにおける移民の意義についてであった。
 17歳のスノーボーダーであるクロエ・キムは、スノーボード女子ハーフパイプの決勝で素晴らしい飛翔演技を見せ、見事、金メダルを獲得した。開催地が韓国であったことを含めて、韓国系アメリカ人の二世である彼女の快挙は、広く報道された。もちろん母国アメリカも、金メダル獲得の報を受け喜びに沸いた。
 中でも「現代のアメリカン・ドリームの実現」として連邦議会で熱い賛辞を送ったのがリチャード・ダービン上院議員だった。
 彼の賞賛の中ではクロエだけでなく、1982年にロサンゼルスに降り立った彼女の父の「移民物語」にも触れられていた。
 数百ドルしか持たずにアメリカにやってきた彼女の父は、生活のために厳しい条件の仕事から始めながらも、最終的にエンジニアリングの学位を得て仕事についた。その勤勉さが背後にあったからこそ、次代のクロエの成功につながり、それは同時にアメリカ人の誇りでもある、という話だ。
 ダービン議員がこのキム家のアメリカン・ドリームを語った背景には、彼が「ドリーム(DREAM: Development, Relief, and Education for Alien Minors)法」という、判断能力を持たない子どもの頃に親に連れられ不法入国した者にもアメリカの永住権を得る機会を与える法案を、2001年から粘り強く提唱してきた人物だからでもある。
 トランプ大統領の選挙公約の一つに不法移民の強制送還があったため、トランプ政権の誕生以後、移民問題はアメリカ世論を二分し、ダービン議員はドリーム法の成立に奔走してきた。
 彼の目には、クロエ・キムの勝利は、彼女一人の成功譚にとどまらず、アメリカにおける移民の価値や意義を振り返るための、格好のきっかけになると映ったのだろう。
 白人でも黒人でもヒスパニックでもないアジア系のクロエ・キムの家族の物語は、太平洋を渡ってやってきた移民という意味で、従来とは異なる視座を与える。
 移民の国アメリカにおいても、「人が容易に国境を移動する時代」の移民とは何か、という問いが突きつけられている。
 と同時に、このような移民にまつわる議論は、即座に「アメリカとは何か」「アメリカ人とはどのような人びとなのか」という問いを引き起こす。

アメリカは11の国からなる!?

 この点でトランプ以後の、政治的係争の絶えることのない現代アメリカ社会を理解する上で有益な一冊が、コリン・ウッダードの『11の国のアメリカ史――分断と相克の400年』である。

 2011年に出版されたこの本は、2016年大統領選の折には、トランプやバーニー・サンダースの予想外の台頭を説明するための1冊として話題になっていた。何がアメリカに分断をもたらしているのか、その理解を促すものとして紹介されていた。
 『11の国のアメリカ史』の原書タイトルは、“American Nations: A History of the Eleven Rival Regional Cultures of North America”であり、直訳すれば『アメリカのネイション:北米にある11の競合する地域文化の歴史』となる。
 ここから想像がつくようにこの本の鍵は〈ネイション〉という言葉である。
 そして、ここでいうネイションとは「主権をもたないものの、特有の歴史・民族・文化を共有する地域的な文化圏」と定義される。ウッダードは、アメリカを「50の州」からではなく「11のネイション」からなると論じる。
 ウッダードのいうネイションとは大雑把に言えば「文化圏」のことである。
 そして、この「文化」とは、北米大陸の初期入植者(セトラー)たちが出身地から、意識的か無意識的かを問わず北米大陸に持ち込んだものだ。
 ウッダードは、この初期入植者の文化が、その入植地の文化基盤をその後も継続して定める、という仮説に従って、今日の「分断されたアメリカ」の行く末を想像できるよう、11のネイションの誕生の経緯を論じていく。
 その11のネイションとは、以下の地図にあるように具体的には、①ヤンキーダム、②ミッドランド、③グレーター・アパラチア(大アパラチア)、④ディープ・サウス(深南部)、⑤ニューネザーランド、⑥タイドウォーター、⑦レフト・コースト、⑧ファー・ウエスト(極西部)、⑨エル・ノルテ、⑩ニューフランス、⑪ファーストネイション、である。
 簡単にこの11のネイションを紹介しよう。

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西方拡大を引っ張った4つのネイション

 ①ヤンキーダムは、いわゆる「ニューイングランド」への入植者が移り住んだ地域。

 イギリスを追われたピューリタンが自分たちの教義に沿った理想の街(「丘の上の街」)を築くために創設したため、良くも悪くも宗教的情熱を帯びた集団的特性を持つ。
 ともすれば、善き社会の実現が個人の自由よりも優先しがちな傾向があるため、個人の自由を尊ぶ他のネイションの人びとからその過激さを疎まれることも少なくない。
 ②ミッドランドは、フィラデルフィアのあるペンシルヴァニアが出発点。創始者のウィリアム・ペンがクェーカー教の教えである寛容な精神を実現すべく始めた街であり、それゆえ当初から多文化/多民族/多言語の様々なバックグランドをもった人たちが欧州から渡ってきた。
 なかでもドイツ系移民が多く移り住み、今では、西方に拡大した「ミッドランド」の文化的特性の多くは、ドイツ系移民に由来するものである。
 土地に根ざした生活を尊び、農業か工業かを問わず職人的勤勉さが尊ばれるネイションが築かれた。
 ③グレーター・アパラチア(大アパラチア)は、今日のヴァージニアにあたるタイドウォーター経由で上陸しながら低地ヴァージニアにはとどまらず、そのままアパラチア山脈にまで移動し入植した人びと。
 多くは「ボーダランダー」と呼ばれる、イングランドとスコットランドの「国境」に住んでいた人びとだった(イングランドとスコットランドが連合となるのは1707年の合同法以後であり、16世紀当時は独立国として互いに覇を競っていた)。
 「スコッチ・アイリッシュ」と呼ばれる北アイルランドのスコットランド人もこの地に移ってきた。母国の過酷な生活環境に嫌気が差し、逃げ出すように移民してきたからか、自らを他でもない「アメリカ人」と認識する人がグレーター・アパラチアには多い。
 総じて気性が荒く戦闘的。社会よりも個人を優先し、反政府の傾向が強い。
 結果として、共同繁栄する伝統に欠け、今日でも貧困が常態化した地域が多い。たとえば『ヒルビリー・エレジー』の著者J.D.ヴァンスの生地であるケンタッキー州ジャクソンもその一つである。
 ④ディープ・サウス(深南部)は、カリブ海の英領バルバドスから移り住んだ砂糖プランテーションの経営者が始めたネイション。同時に、バルバドスからアフリカ人を使役する奴隷制度をアメリカに持ち込んだ。
 サウスカロライナ州チャールストンへの上陸から始まり、今日ではメキシコ湾岸沿いに拡大しテキサスにまで至っている。
 プランテーション経営による経済的成功体験から生まれた貴族意識と階級制度が、今日までこのネイションの社会に影を落としている。イギリスよりも英領時代のカリブ海の文化の影響を色濃く残している。
 ところで、以上の4つのネイションは、19世紀前半にアメリカが大陸国家に向かって西方拡大を成し遂げる過程で、常に互いを牽制しあう存在だった。
 対して以後紹介するネイションはそのようなダイナミクスは欠けるものの、その地で今に至るまで文化的連続性を保っている。

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ニューヨークは単体で君臨

 ⑤ニューネザーランドは、ほぼ今日のニューヨーク市。もともとはオランダ領ニューアムステルダムとして始まった。

 17世紀のアムステルダム同様、宗教や文化的差異に寛容な商都として始まり、その伝統は今日まで続く。多文化に寛容という点では、ミッドランドの気質とも共振する。
 周辺をヤンキーダムとミッドランドに囲われたため、直接的には西方に拡大できなかったが、ニューヨーク単体で、全米随一の文化発信地、金融都市として君臨している。
 ⑥タイドウォーターは、主には現在のヴァージニア。北米における最初の入植先であるジェームズタウンから始まった。
 ヤンキーダムに入植したピューリタンが、イギリス本国における改革派であったのに対して、こちらは王党派の貴族たちが、もともとはスペインのように新大陸の富を獲得するつもりで始めた(そのため入植も最初は「会社」として始まった)。そのような経緯からヤンキーダムとは常に張り合う存在であった。
 背後にアパラチア山脈が控えていること、また、そのアパラチアの西部には早期に「グレーター・アパラチア」を形成するボーダーランダー(スコッチ・アイリッシュら)が陣取ってしまったため、西方に拡大することはなかった。
 しかしアメリカ史においては、19世紀前半のアメリカが「ヴァージニア王朝」とも呼ばれるように、1800年に第3代大統領となったトマス・ジェファソンを皮切りに建国初期の30年ほどの間、連邦政治の中核を占め、建国後のアメリカの基礎を築く上で重要な役割を果たした(そもそも、1803年にジェファソンが仏領ルイジアナを購入しなければ「西方拡大」も起こらなかった)。
 ⑦レフト・コーストは、独立後、西方拡大によって新たに誕生したネイションだ。地理的には太平洋岸の北カリフォルニア以北の沿岸地域であり、サン・フランシスコ、ポートランド、シアトル、バンクーバーを含む地域。
 太平洋岸の交易拠点として始まっていたところに、ヤンキーダムの人びとがピューリタン的情熱をもって海路で乗り込んできた。
 では、なぜ単純に「ヤンキーダム」の西方飛び地にならなかったのかというと、陸路で西方を目指したグレーター・アパラチア人の文化的特性もその地に流入してきたからだ。その分、ヤンキー的な公共善を目指す理想主義に、グレーター・アパラチア的な個人主義がブレンドされた文化が生まれた。
 この公共善志向と個人志向の微妙な混淆は、北カリフォルニアに位置する今日のシリコンバレーのエートスにも影響を与えている。
 ⑧ファー・ウエストは、レフト・コースト同様、建国後に新たに生じたネイション。
 ロッキー山脈を抱える山岳地帯であり、そこから想像できるように一番の特徴は、西方拡大に積極的だったヤンキーダム、ミッドランド、グレーター・アパラチア、ディープ・サウスのどのネイションの人びとも容易には定住できないほど自然環境が過酷な土地であったことだ。
 そんな土地に入植するには、灌漑設備や鉄道などの社会インフラの整備が不可欠であり、住民が生存するためにも、大企業や連邦政府による資本や技術の供与が欠かせなかった。そこから大企業や連邦政府に依存しつつも反感を覚えるという捻れた住民感情が生み出された。
 実際、ファー・ウエストが栄え始めたのは、太平洋岸に米軍の基地や関連施設が建設された20世紀前半以後のこと。その意味で新しいネイションであり、人工的なネイションである。冷房や空調設備の発明によって20世紀後半、大々的に都市化が進んだ地域でもある。
 以上の8つのネイションが、アメリカ合衆国に直接的に関わるものであり、残り3つのネイションは間接的なものだ。

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その他の3つ

 ⑨エル・ノルテは、アメリカ南西部のメキシコとの国境地帯に広がる地域であり、ヒスパニックの流入が続くことで急速に拡大しているネイション。「ヒスパニックの北進」といわれる現象であり、それはまた、カトリックの北進でもある。

 この「北進」の源泉であるエル・ノルテは、トランプ大統領が「メキシコ国境沿いに壁を設ける」という公約を示したように、一部の(白人)アメリカ人にとっては彼らの生活をおびやかす脅威として映っている。
 しかし、もともと南北アメリカ大陸への植民は、スペインが始めたことであり、その点でエル・ノルテは、11のネイションの中でも古参である。
 ⑩ニューフランスは、フランスの植民地として始まったネイションであり、今日、カナダのケベックにその姿を残している。
 合衆国内ではミシシッピ川河口に位置するニューオリンズが、ニューフランスの飛び地であり、仏領時代には、メキシコ湾の商都・金融都市として栄えた。
 その港町にカリブ海からクレオール文化が流れ込むことが刺激になり、ニューオリンズでジャズが栄えたことは、アメリカ文化史的に重要な出来事の一つである。
 ⑪最後にファーストネイションは、その名の通り、北米大陸への植民が始まる前からその地にあった「最初の/原初の」ネイション、すなわち原住民たるネイティブアメリカンのネイションを意味しているが、本書の中ではカナダの北方に住むイヌイットの話にほぼ限定されている。
 そのため、アメリカ合衆国に短期的には直接、影響を与えないものの、イヌイットのもつ強い環境倫理や共有志向の資源保有のあり方は、すでにカナダの各種制度にも影響を与えているという。
 そのため、回り回ってゆくゆくは合衆国にも影響を与えるのかもしれない。

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ウッダード本のユニークさ

 以上、簡単に紹介すると言いながら、11もあると一通り記すだけで結構な長さになってしまった。その上で、本書の特徴となる部分についてもう少し記しておきたい。

 まず最初に注意すべきは、アメリカ史という観点から見た時、この11のネイションが全て対等であるというわけではないことだ。
 複数の州にまたがるネイションは、最終的に「投票」という形で連邦政治にも影響を与えることを考えると、建国当初から存在し西方に拡大した、ヤンキーダム、ミッドランド、グレーター・アパラチア、ディープ・サウスの影響はやはり別格だ。
 レフト・コーストやファー・ウエストの新しいネイションにしても、この4つの西方拡大ネイションの衝突による意図せぬ交配から生まれた新種だった。
 実は、アメリカの文化的多様性を知る上で、移民たちの文化的起源を辿るという議論の組み立て方は、定番といえば定番のものであり、著者のウッダードも吐露しているように、たとえばデヴィッド・フィッシャーの“Albion’s Seed(イギリスの種)”(1989年)はその代表だ。
 フィッシャーはアメリカに根付いた「イギリスの種」として、イギリスの4つの地域(東アングリア、イギリス南部、ミッドランド(中部)、ボーダーランド)から、それぞれアメリカの4つの地域(マサチューセッツ、ヴァージニア、デラウェア、バックカントリー)へ移民した人びとの習俗を事細かに追っている。
 このうち、マサチューセッツが「ヤンキーダム」、ヴァージニアが「タイドウォーター」に該当するのはすぐにわかるからいいとして、デラウェアは「ミッドランド」の人びとが上陸した場所であり、バックカントリーとは「アパラチア」の背後を意味している。つまりフィッシャーは、ウッダード本で取り上げている地域についてはすでに扱っていたことになる。
 その上で、ウッダード本がユニークなのは、従来なら「南部」という言葉で一括りにしていたものを「タイドウォーター」と「ディープ・サウス」に分けたことであり、ディープ・サウスの文化・慣習の由来を、カリブ海のバルバドス領に求めたところだろう。
 つまり、イギリス本土の文化ではなく、すでにプランテーション経営が成り立っていた社会の文化が雛形になっているというところだ。
 この点は、今日のアメリカにおいて、サウスカロライナやアラバマなどディープ・サウスの「頑なさ」が際立っているだけに興味深い。このあたりは是非、本書にあたってほしい。

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ハンティントンへの批判

 ウッダードはこうして、今まで表に現れなかった不可視の「11のネイション」を、アメリカ合衆国を理解するための基本的枠組みとして提供した。

 裏返すと、州=ステイツとは、あくまでも法的建前から生み出されたものにすぎない。
 アメリカの州は、緯度や経度にそって機械的に州境が決定されているところが多いことからもわかるように、あくまでも人間が地図を使って合意した塊にすぎない。その見た目の区分に幻惑されてはいけないということだ。
 “American Nations”というようにネイションの集合体という点で、むしろ諸国の連合であるEUと同じと思った方がよいのかもしれない。
 ウッダードは、ステイトという仮面の下に控えるネイションを露わにすることで、アメリカをステイトの連邦ではなく、ネイションの連合体としての本来の姿に戻した。
 2016年大統領選以後の状況を踏まえれば、The United States of AmericaではなくThe Divided Nations of Americaこそが、今、アメリカ社会を捉える上での基本的枠組みに相応しいといえる。
 ウッダードが論じるように、文化的出自を異にする11のネイションが、北米大陸上に散在し、覇を競っている状態こそが、むしろアメリカ本来の姿であり、その本来の姿をなんとか押しとどめようとした結果が、経度や緯度を使って直線的に、それこそ人為的に境界を定めることでつくられた州であったことになる。
 こうしてネイションの連合体という姿が露わになると、ウッダード自身も論じているように、たとえば、アメリカの国家的分裂を危惧したサミュエル・ハンティントンの『分裂するアメリカ』のような議論も冷静に受け止めることができる。
 ハンティントンは911の勃発を受け、かつて『文明の衝突』で記したような(宗教的な区分に根ざした)文明間の対立がアメリカを舞台に演じられることを危惧し、アメリカがバルカン化しないよう「アングロ・プロテスタント文化」や建国以来語られてきた「アメリカ的信条」を再度重視しようと訴えた。
 この2つを文化的な錨として、アメリカの統合原理として見直し、初期入植者がもたらしたアングロサクソン的な価値を重視しようという言い方をしている。
 しかし、このハンティントンの立場も、実のところヤンキーダム的な価値観を述べているだけであり、ウッダードはこの点から、多文化的寛容を劣後させようとするハンティントンの議論を批判している。
 その点では、ドナルド・トランプの大統領選の勝利に貢献したといわれるAlt-Rightの首謀者の一人で、白人優越主義者として知られるリチャード・スペンサーが影響を受けた本として先のハンティントンの『分断されるアメリカ』を挙げていることは、ハンティントンの意図はどうあれ、示唆的といえる。
 ウッダードは、ヤンキーダムのもつ、個人よりも社会に重きを置く考え方に疑問を抱いているようにも思えるからだ。

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アジア系の物語は?

 実際、ウッダードは2016年には“American Character”という“American Nations”の続編のような本を出版しており、その中で「個人の自由」と「公共善」の対立という観点からアメリカ史を見直している。

 この2つの軸は“American Nations”の説明に従えば、前者の「個人の自由」は主にはグレーター・アパラチアで、後者の「公共善」は主にはヤンキーダムで、それぞれ重視された信条であった。
 簡単にいえば、ウッダードが記したことは、一口に「白人」といっても、様々な来歴・背景の人たちが存在するわけで、その違いを理解しないで論じることは雑にすぎる、ということだったといえる。
 どうやらウッダードは、学者ではなくジャーナリストらしく、連邦やステイト(州)という、公式の政治的な視座を一旦解体し、その背後に隠されたネイション、さらにはそのネイションの影響の下で培われてきた個々のアメリカ人の心性について解きほぐそうとしているようだ。
 そうして、21世紀の現代において、冒頭のダービン議員が取り組んでいるような、移民の是非と直結する「アメリカ人とは何か」という実践的な問いに挑もうとしている。そのための新たな枠組みを取り出そうとしているようにも思える。
 確かに11のネイションの中には、アジア系のネイションの話はない。同じマイノリティといっても、ヒスパニックの由来がエル・ノルテとして記されているのとは大きく異なる。あるいはアフリカ系アメリカ人たる黒人の由来が、主にはディープ・サウスの歴史の中で一種の「ネガ」として記されているのとも違っている。
 その限りでアジア系の物語は相対的にフラットなものといえる。
 もちろん、かつてあった黄禍論のようにあからさまな敵愾心が移民割当や制限として示された時代もあったことも事実だが、そのような制約は1965年の移民法の改正で外された。クロエ・キムの父のように、アジアからの移民が増えるのは、この65年の移民法の成立以後のことである。
 そして、もちろん「アジア」というのは、日本、中国、韓国、といった東アジアだけでなく、東南アジアや南アジア、あるいは西アジアを含む広大な地域のことだ。
 そのアジア系は、とりわけシリコンバレーで――たとえばスティーブ・ジョブズの実父がシリア系移民であったというように――大きな存在感を示しつつある。
 その意味ではアジア系のように、ネイションとして地理的には特定し得ないが、しかし確かに存在する「アメリカ人」を受け止めるための物語が、新たに求められているのかもしれない。
 とりわけ、ソーシャルメディアがもたらす、ステイトや連邦の枠をも超えるようなコミュニケーションの力によって、人びとの意志が容易に集積し得る現代においてはなおさらである。
 そのための第一歩として取り上げられたのが、クロエ・キムの物語だった。
 もっとも、冬季五輪に見られるように、人が容易に移動する時代においては、そもそもネイションという言葉が従来通りの意味を持ち続けることができるかどうかという疑問も同時に浮かんでくる。
 その意味で2018年の今は、ネイションに代わる新しい集合体を枠付ける概念、すなわち名前こそが求められている時なのかもしれない。

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池田 純一

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180311-00054711-gendaibiz-int&p=1